2003.3.31

19th 尾崎 徹

Javier Busto(ハビエル ブスト)作品を演奏するにあたって  

ここ数年、私達が日々生活する上での活力や希望がことごとくそがれていくなかで、ひところ「癒し系」などともてはやされたキャラクターが浮かんでは消えていく(それ自体も人間自身の身勝手で空しい性ではあるのだけれど、)そういった経験を経て次に私達が目指さなければならないもの、それは恐らく自ら希望を見つけ出そうという気力である。信仰さえも含めて何かにすがろうとする気持ちから、過去を改めて自ら切り開いていこうとする姿勢が現代の私達に必要だという気がする。  もちろん私達は目に見えぬ大きなものに操られて、あるいは見守られて生きているのかもしれない。しかし人はそれをおろかな自分の信念にこじつけたがため何度も見誤り、その上幾度となくその過ちを繰り返してきた。目に見えぬ暖かいものに包まれているという謙虚さを失ったためである。  ハビエル ブスト 彼の作品には特に「今」に対する時代の、私達への警鐘とそれらの困難を乗り越えた向こうに生きる幸せを私達に感じさせる何かがあると思う。  決して派手でなく淡々と諭すように連なる音楽の流れは、その瞬間心の歓びを満たしてくれる。そこには安息と希望が満ちている。ただしかし心安らぐだけに止まらず、それらを満たしたいという活力をも生む不思議な力が存在する。

 彼は1949年スペイン=バスク地方に生まれ、作曲家・合唱指揮者として活躍しているが、毎日午後3時までは公立の病院に内科のドクターとして務め、その後音楽に専念するというのが彼の日課である。彼の音楽はドビュッシー、ラベル、ストラヴィンスキーに影響を受けている。しかしそれはかれらの技法の混迷の中にある作品群にではなくむしろ安らぎと希望に満ちた作曲者自身の姿勢に影響を受けたと言ってもいい。一時期彼が革新を目指した作品に取り組むも戸惑うたびに常に愛する妻と相談しながら結局複雑にしなくても心に訴える美しい曲を書けると悟ったからである。

 しかも彼の音楽は実に敬いに満ち、節度があって私達日本人にとても理解しやすい。それは多分彼がバスク人であることも関係しているかもしれない。日本にキリスト教を伝えたあのF.ザビエルも同じバスク出身であり、苦難の末日本に到達したザビエルが日本人とバスク人の資質の共通性に驚いたという史実は案外これに類してると言えなくもない。

 我が国でブストの名が知れ渡ったのは、1993年に来日したラトビアの合唱団アヴェ・ソルの演奏会プログラムにAve Mariaが含まれていたことに端を発する。その後特に日本の合唱団がコンクールで頻繁に彼の作品を取り上げたことで彼の活動が注目されるようになった。作曲は独学だがむしろ技に溺れることのない素直で暖かな音楽には、むしろ日本人とかバスク出身とかを超えて、彼が語るように「もう民族の間に壁は存在せず、私達は互いに音楽という言語を用いて語りあうことができる」ということを裏付けている。

Ave maris stella

1992年作曲。ソプラノソロと合唱との掛け合いの形で構成されている。旋法的な音づかいによる幻想的な響きが特徴の作品。

O magnum mysterium

1998年作曲。その年に栗友会率いる栗山文昭がスペインに招待演奏を行った際、ブストに委嘱してそこで初演した作品。イエス降誕の神秘とその歓びがさまざまな手法で表現されており、アレルヤの盛り上がりが最高潮に達して曲を閉じる。

Ave Maria

1980年作曲。短い作品ながらスペインの太陽を思わせる明るさと、バスクの人々を思わせる暖かさに満ち溢れた感動的作品。今年の現役が三重で行った演奏旅行に賛助で出演したヴォーカルアンサンブル「EST」のプログラムにも選曲されていた。「聖母マリアを称えるやさしさに満ちたシンプルな作品」と評されている。

演奏上の注意

シンプルであるが困難を極めるのが和音である。主和音の方が少ないくらいパート感で音がぶつかる。しかし心地よいぶつかりを体験するために極力ヴィブラートは廃したい。 ラテン語では当たり前だが語尾は必ず小さく終わる。そのように作られていることを尊重したい。言葉の流れも音から音へとつながる‘間の音’も感じながら演奏したい。 静かに語りかける部分が多いが、その中でも言葉の意味に従って決然と歌うところもある。その場合母音をたててそれまでの部分とは区別して歌いたい。

それぞれの曲を演奏する上での諸注意

Ave maris stella

Baritonten2を歌う。(tenは全員tenの上)

コーラス歌い出しは極めて静かにしかしやや神秘的に。2と3小節間は息継ぎなし(4、5間も同様)。

Ave maris stellaに向かってやや膨らます。しかし-laでしっかり落ち着ける。Dei…も同様。

5小節、porから-taを柔らかく。-taに入ったら脱力するようにsub dim.

7小節からはゆっくりめ。8と9小節間は息継ぎなし(12、13間も同様)14小節はdim,

17小節18小節間は息継ぎなし19小節は柔らかなcres,dim.。21小節はそれぞれの音をテヌートで。22小節ソプラノAsは高めに音を取る。Ca-stossは小節内

24小節(s―)の無声音はできるだけ高めに、そして柔らかく(m)へ。(m)の終わりはソフトにdim. (a)のフェルマータは「アーメン」と歌うつもりで概ね4拍分。

27小節のmfは大きめに出る。27から30小節間は息継ぎなし。31小節はrit e dim

32小節はcres,dim.で柔らかく終止。

O magnum mysterium

「話すように個々人が自由なテンポで、常にppで(おおよそ5回程度)自由に繰り返す」

7小節がピークになるように1から11小節までを神秘的に。和音の変わり目は指揮者のアイコンタクトにより行う。

O magnumはアクセントを少し重くする程度にcres,dim。一つづつ息継ぎをして大切に歌いきりながら。

20小節はumにも十分cres

21小節のmpは小さくなりすぎない。

23小節内声の8分音符の動きを他パートは良く聞く。

32小節sop2回目のsacramentumの前でブレス、36小節も全パート同様に。

42小節アウフタクトから言葉をマルカートで。46小節の前でブレスしてsub dim,

49小節アウフタクトは強めのmf。49から55のtenpoIまで息継ぎなし。

62小節から音楽をはっきりと。Alleluiaごとに息継ぎ。

Ave Maria

7小節。Ppを忠実に。アクセントをピークにcres,dim。7から10小節間は息継ぎなし。

13小節 altcumに入ってからdim..

女声、14と15小節間は息継ぎなし(cummBeをつなげて歌う。)

14小節から20小節までの男女声部掛け合いは、次の声部歌い出しに被せるつもりで語尾を長めに。(ただし18小節のbussは次のbと同じタイミングで、しかし少し長めにやわらかく)

bass22と23小節間は息継ぎなし。全パートfrを柔らかく前に出して歌う。

23小節から力強く。23、25小節間は息継ぎなし。25小節は2分音符をやわらかくcres。26、30小節間は息継ぎなし。大きな広がりをもって歌い、30小節でdimして終止。

Tenbari28小節と30小節がメロディラインの上にくるのでやや控えめに。

31小節の上3声アクセントは鋭くなり過ぎないように。(言葉のポイントとして)

35小節 nunc et innuncetinとならないよう。

36、37小節間は息継ぎなし。

40、41小節の下3声はsopと同様にcres,dimで。

amenmを離す唇はできるだけソフトに)

alt42、43小節は強めにはっきりと、しかしやさしく暖かく。      

以上