2007.10.8 19th 尾崎 徹

☆♪コラム 暗譜と譜読☆

 

これまで私たちが暗譜と言っているものは本当に暗譜と言えるのだろうか…。

昔、もう10年前以上になるが、ある音楽番組で3人の指揮者が出演したとき司会者がひとつの交響曲を空で譜面に書き写すよう指示をしたところ3人とも殆ど間違えずほぼ正確にオーケストラ譜を書き出した。これこそ譜を暗記してること、まさしく暗譜だと思った。暗譜をすると何がよいかといえばメロディだけではなく他の旋律も把握できる、何より作曲家が一つ一つの音を譜面に写したようにその意図がよく理解できる。

私たちは書き出す程でなくても譜面が頭のなかに描きだすことがどの曲に対してもできるだろうか。私たちは自分が歌う歌詞を覚えたことで『暗譜した』と錯覚してないだろうか。 もしかしたら本番で譜読をしてないだろうか。

譜読はなにも音取り練習だけのことを指すのではないと思う。本番のステージで譜面の譜を読みながら歌っているなら紛れもなくそれは譜読である。譜読が悪いわけではないが譜を読んでいるうちは他のパートは入って来ないばかりか指揮者や聴衆との対話は望めない。譜から少し外れて自分の歌を客観的に聴いたとき初めて歌を合わせること、即ち合唱になるのである。